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日本における外資系通販企業の変遷

昭和二〇年(一九四五年)八月の敗戦にうちひしがれていた日本に、間もなく上陸した米国の雑誌があった。『リーダーズダイジェスト』という名の雑誌である。テレビ番組の中に「○○○ダイジェスト」という名が見られるように、ダイジェストという言葉は、長時間ものを要約したものという意味である。この雑誌のコンセプトも、まさに同様で、読むのに骨の折れそうな硬い書籍や雑誌などの文や記事を要約して掲載するというものであった。戦後の混乱期の日本では物資も乏しく、あたりまえのように思われているダイレクトマーケティング分析の手法をとりいれた功績は大きい。紙さえ手に入れるのに窮していた。そこで米国から輸入した紙を用いて印刷されたリーダーズダイジェストは、文化や娯楽にも飢えていた日本の人びとに大いに受けいれられた。戦前の軍国主義と裏腹の民主主義の風潮や、にわかにはやり出したアメリカ文化への憧れもあり、発売と同時に書店に人びとの長い列が見られたという。その後、リーダーズダイジェストは日本でなじみの薄かった定期購読という手法をとり始めた。このときの読者名簿がのちの通販事業のためのリストとして用いられた。リーダーズダイジェストが雑誌以外の商品の通販を開始したのは昭和三五年(一九六〇年)である。戦後の混乱期を抜け経済的安定も見え始めたころに、レコードの通販を開始した。米国的手法による通販は日本の人びとの目に、新しいものに映った。事実、販売数量がLP盤で一〇〇万枚を越える特集もあり、製造を受けもつ日本ビクターが急遽工場を建設するという事態もあったという。リーダーズダイジェストはその後、日本法人を作りレコードのほか大型の書籍や地球儀さらには複製絵画などを販売して日本における通販業でトップ企業となったが、ライバル企業が現出したことや、仕掛けにこだわったDMの手法などが人びとに飽きられ、昭和六一年(一九八六年)に幕を閉じた。

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